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2007.07.24 記憶の背景
ちょいと酔っ払っております(^^;;
こんなとき、自分が出ます。。酔っ払いの本音です(笑)


最近、ちょっとおかしい。
建築家としての自分と、家族を大事にしたいという自分が葛藤?している。
施主となった建築家が家族感情をどれほど無視できるのか?という命題に挑戦するべく始めたブログは自分を追い詰める(^^;;

建築家が一般民間と乖離する現状を食い止める布石になればと始めたけれど、その壁の厚さに辟易。。。

すりあわせをしようとすればバランスを失う(^^;;

我々は、自分の作品を世に残すという生理的な本能によって建築しているわけではない。(私に限ってかもしれないが)

しかしながら、価値を共有できない一般の目にはそれが理解してもらえない。(理解できれば建築のプロだし・・)

目の前の利益・目の前の欲求。。。デザインされた「かっこいい」製品群。。便利のいい機器。。商業主義が充満している空間。。

便利という言葉はあまり好きじゃない。人類は便利を求め、結果堕落に近づいているのじゃないか?(意味不明その1)

哲人的な思想を一般に強要するのは無理がある。俗世を否定する前に自分の俗が存在している。私自身、便利を求めていたりする。私は欲深い人間である!(意味不明その2)

建築哲学を追い求め、建築家としての誇りを持ち、俗人としての悩みを抱きながら今の私は存在している。

だがしかし。。。これだけは死守しなければいけない。

私は記憶の背景を創りたい。
これまでの私の作法はこれに尽きると思う。
1112.jpg


一枚の写真の中に我が子の喜びがある。彼女にとってこの写真は記憶の片隅に残るものだと確信している。この背景にデザイナーとして私は私に出来うる最大限のデザインを施したい。生活のシーンは記憶として娘に残り、その人生において何度もリピートされるであろう。その背景を私は創りたい。

それが出来ないのであれば、建築家としての職能など無意味だ。白旗を掲げ、工業生産・経済優先のシステムに屈っしよう。

散々考えて・・・一般に理解してもらうための方法を模索し、自身の一般化に驚き、自身の建築を再認識せざるを得なくなったとき、最後に残った結論。

多分、明日の朝には忘れてますけどね(汗)

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